昨年12月、片方の羽根を失ったタゲリの遺体が見つかりました。原因は不明ですが何かの事故にあったと思われます。
三翠会では発見された方のご厚意によりこれを貰い受け剥製にしました。
写真のように生き生きとした立派な剥製ができあがりました。
また、このときに得られた筋肉や内臓を冷凍保存しておきました。
3月2日、平塚市博物館のご厚意により、館長浜口先生の執刀のもと解剖が行われました。
浜口先生は「肉のかたまり」を、はさみを使って手際よく分けていきながらそれぞれの部位を解説してくださいました。
胸の筋肉、心臓、気管、そ嚢、砂嚢、十二指腸、小腸、直腸、総排泄口、卵巣、卵管、肺胞などが確認できました。
首の付け根辺りに内出血の跡があり、衝突?事故を物語っています。
砂嚢の中には本当に石が入っていて、消化する際にそれを使ってすり潰す事がわかりました。すり潰すために、砂嚢の内壁には縦筋が入っていました。
砂嚢の中身は細かい枯れた植物繊維がたっぷり詰まっていて、その中から無数のゴミムシなどの甲虫の羽のカケラが出てきました。
まだすり潰される前の完全な形のゾウムシや、蛾、もしくはアブ、ガガンボ?の幼虫、ミミズのような長いものなどが確認できました。
この時期における彼らの食事内容の一端を知ることができ、タゲリが必死に必死にこんなに小さな昆虫をついばんでいて、冬を越しているのかと心を打たれました。
たんぱく質、脂質などの栄養分は甲虫にはとても少ないのです。一方ミミズやガガンボの幼虫などは比較的養分に富んでいます。少しでも栄養分の豊富なものを食べさせてあげたいと思いました。それにはやはりそれらが暮らせるための湿田やビオトープ水田がたくさん必要だと改めて思ったのでした。
3月14日、地元鶴嶺中学校の生徒さんたちの体験学習に協力しました。
作業は田起こしです。
茅ヶ崎市内では田んぼの減少が続き、同中学校の校区ではいまタゲリ米を生産する地域の田んぼしか稲作農業の体験ができる場所は残されていません。
生産者有志がマンガ(馬鍬)と呼ばれる田起こし用の鍬(くわ)からはじまり、昔の鋤(すき)付耕運機、さらに最新式のトラクターを持ち寄り、それぞれの操作法を教え、生徒さん達に体験してもらいながら田起こしの歴史を伝えました。
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| 田圃体験希望の生徒達が先生に引率され訪れる。 | ||
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| 中学校の大先輩に当たる年配の農家の人から昔から今に至る田起こし作業の歴史を聞く。 農家の協力で続いている体験学習である。 | ||
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| 土を堀り起す馬鍬(マグワ)の使い方を教わる。 | ||
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| 慣れるに従い、腰が入ってくる。 | ||
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| 鋤(スキ)が牛馬から耕運機に替っただけだよと 鋤を付けた耕運機の指導を受ける。 今は鋤に変えたロータリー(回転刃)が主流になっている。 | ||
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| 慣れてきた1年生が一人で頑張る。 しかし切り返した土を平均に平らに隙間なく起こしていくのは大変難しい。 | ||
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| 乗用トラクター運転操作の説明を受ける。 | ||
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| さあ行く先をしっかり見て! | ||
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| 最新のトラクターはセンサーが土の凹凸を検知する。 平らに機械がコントロールしてくれるので、初めてでもコーナーまで平に耕せるのだ。 | ||
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| 先生の紹介を受けてから2時間程で2枚の田を耕したが雨が激しくなり残念ながら少し残った。 手起こしから最新鋭のトラクター迄をみんなが交代で体験していた。 皆さんお疲れ様でした。 |
昨日3月29日、満開の桜を見ようと小出川沿いに鳥見をしながら散策。下流に向かって国指定史跡旧相模川橋脚(※)へ行ったところ、偶然にも保存整備事業の完成説明会が行われていて、聞き入ってしまいました。
ビールを持ち込み「花見」に興じている家族を横目に、市の職員さんが一生懸命説明されていました。
ここには、橋脚のレプリカのほかに説明版(出現当時の写真を含め)・解説模型(明治15年作成の迅速測図を含め)などがあります。
橋脚は、鎌倉時代を思うと当時の計り知れない技術・労力に良くぞ作ったものだとただただ驚くばかりです。
また、「明治15年の迅速測図」には、萩園村・西久保村なども書かれてあり(地形の高低も表現されており)、当時の地形が良く想像できます。
歴史のロマンを感じた一日でした。
(※)旧相模川橋脚とは鎌倉時代に昔の相模川の流路に架けられた橋の橋脚の跡で、大正12年9月の関東大震災で水田の地中から現れたもので、沼田頼輔博士の鑑定により源頼朝の家来であった稲毛重成が、亡き妻(北条政子の妹)のために相模川に架けた大橋と考えられている。国指定文化財(史跡 )
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by Hirata